大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)119号 判決 1964年5月26日

原告 外山武資こと外山茂

被告 米谷一良

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告より原告に対する大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第四九二四号差押並取立命令債権請求事件判決に基く強制執行はこれを許さない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

(一)、原告と被告との間には「原告は被告に対し金六六〇〇〇円支払え」なる旨の請求趣旨記載の判決(以下本件判決と略称)が存する。

(二)、しかしながら、本件判決には左記の請求異議原因事実がある。

(1)、被告を原告、訴外庄田末吉を被告とする大阪地方裁判所昭和二七年(ワ)第一二七一号不動産所有権確認等請求事件につき、昭和三二年四月二六日、右訴外人は被告に対し金三八二、三〇〇円を支払え、被告において、金一二〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる旨の判決(以下基本判決と略称)が言渡され、右訴外人はこれに対し控訴を申立て、現に大阪高等裁判所に係属中である。

(2)、被告は右担保を供した上、右仮執行宣言付基本判決に基き、大阪地方裁判所に対し、右訴外人を債務者、原告を第三債務者として、右訴外人が原告に対して有する昭和三五年四月一五日から昭和三六年四月一四日まで一ケ月金六、〇〇〇円の割合による家賃金債権七二、〇〇〇円の差押並に取立を申立て(同裁判所昭和三五年(ル)第五五八号、同年(ヲ)第六〇一号債権差押並取立命令申立事件、以下本件差押並取立命令事件と略称)、同裁判所は昭和三五年五月六日これを許容する旨の決定を発し、その正本はその頃右関係人に送達された。

(3)、しかしながら、原告が右家賃金債権の取立に応じなかつたので、被告は同年一一月一九日原告に対し、右家賃金債権七二〇〇〇円の取立を求める訴(同裁判所昭和三五年(ワ)第四九二四号差押並取立命令債権請求事件)を大阪地方裁判所に提起し、昭和三七年一二月一九日(一)記載の如く一部認容の本件判決が言渡されたが、原告はこれに対し大阪高等裁判所に控訴を申立てたところ(同裁判所昭和三八年(ネ)第一八号控訴請求事件)、同年一一月一九日控訴棄却の判決があり、同年一二月六日本件判決は確定した。

(4)、一方、訴外庄田末吉は、同日大阪高等裁判所において、控訴提起を理由として基本判決の仮執行の停止を求め(同裁判所昭和三八年(ワ)第九五二号事件)、同日停止決定を得、昭和三九年一月一〇日大阪地方裁判所に対し、本件差押並取立命令事件の執行停止を求めて、右決定正本を提出したところ、同裁判所は同日原告に対し、その差押に係る右家賃金債権の取立を禁ずる命令を発した。

(三)、以上の如き経緯で、被告が本件差押並取立命令事件において差押えた、訴外庄田末吉の原告に対する家賃金債権の取立が禁止された結果、その取立権を前提とする本件判決の請求権もまたその取立が実体上禁止されたことに帰するので、原告は被告に対し本件判決の執行力の排除を求めるため本訴に及んだものである。

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、「請求原因事実はすべてこれを認める。本件判決の執行力は、その基本となる仮執行宣言付基本判決或はこれに基く本件差押並取立命令により被告に与えられた取立権に基因するものでなく、本件判決が給付判決たるが故に別個独立に与えられた効力であるから、右差押並取立命令事件において原告が差押債権の取立を禁止されても、本件判決の執行力に何等影響を及ぼすものではない」と述べた。

理由

原告主張の請求原因事実はすべて当事者間に争がない。

仮執行宣言付判決に基いて債権差押並に取立命令が発せられた後、右判決に対する上訴提起を理由に、その仮執行を停止する旨の裁判の正本が執行裁判所に提出されたため、同裁判所により債権者に対し発せられた差押債権の取立を禁止する処分が、該債権差押並取立命令に基く取立訴訟判決の執行力に影響を与えるか否かについて考察する。

給付訴訟係属中その請求債権が仮差押をうけた場合、原告においてこれを債権存在確認請求等に変更するのでなければ右訴訟を維持することはできない(昭和四年七月二四日大審院判決)とか、仮差押中の債権に基いて強制執行した場合、債務名義により確定した請求を変更する事実が生じたとしてこれを請求異議の訴の原因にすることができる(昭和一五年一二月一七日大審院判決)との趣旨から見れば、債権差押並取立命令事件が民事訴訟法第五五一条第一号に該当する裁判、債権差押命令申立の取下、取立権の抛棄により終結した場合には、該債権差押並取立命令に基く取立訴訟判決において確定された請求権も亦実体上取立権を喪失したものといえる。しかしながら、上訴提起による仮執行の停止決定は、上訴審判決言渡まで効力を有する仮の処分であり、又右決定正本が民事訴訟法第五五〇条第二号の書面として、執行裁判所に提出され、同法第五五一条に基き同裁判所により債権者に対し発せられる差押債権の取立を禁止する命令(債権者の取立行為は執行行為とはいえないが、これに準ずる行為として執行停止の対象となる)も、執行行為を一時保持させるため為される執行法上の仮の処分に過ぎない。右仮の処分の目的達成のためには、取立訴訟判決に基く強制執行の現状を維持せしめれば必要かつ十分であつて、第三債務者(取立訴訟判決の債務者)に対しては差押債権(取立訴訟判決において確定された請求権)の現実の支払をなすことを阻止し、あえて自ら支払つた第三債務者には二重払の危険を負担させれば足るし、又第三債務者保護の点からいつても、取立訴訟判決に基く強制執行の結果として現実の支払を強制され、その意思に反して二重払の危険を負わしめられることだけを避ければ十分であつて、更に進んで債権者からの取立訴訟判決に基く給付請求権を拒否しうべき抗弁権を与える必要はない。要するに、債権差押並取立命令事件に対し、上訴提起による仮執行停止決定正本が執行裁判所に提出され、同裁判所により発せられる差押債権の取立を禁止する旨の命令は、取立訴訟判決において確定された請求権の取立を制限する実体上の事由でなく、差押債権即ち取立訴訟判決において確定された請求権の現実の取立を禁止する執行法上の仮の処分であつて、単に右判決に基く強制執行の障礙事由にとゞまると解する。したがつて右判決に基く強制執行に際し、債務者(債権差押並取立命令事件における第三債務者)は右取立を禁止する命令正本を執行機関に対し民事訴訟法第五五〇条第二号該当書面として提出して、その執行の停止を求められるし、これを無視してなされた強制執行に対しては執行方法の異議によりその救済を求めることができるものというべきである。

そうだとすると、被告が訴外庄田末吉に対する仮執行宣言付基本判決に基く、本件債権差押並取立命令事件において、右訴外人の原告に対する家賃金債権金七二、〇〇〇円を差押え且つその取立権の付与を受けた後、右判決の控訴提起に基く仮執行停止決定正本の提出により、執行裁判所が被告に対し発した右差押債権の取立を禁ずる命令は、被告が右取立権に基いて原告に対し提起した取立訴訟の本件判決において確定された家賃金請求権金六六〇〇〇円の取立を実体上禁止したものでないから、これを本件判決の請求原因とすることはできないものというべきである。

よつて、原告の請求には理由がないので、これを棄却することゝし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 大下倉保四朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例